【前編】現代における大工の実状に迫る

2020年01月30日

 大工就労者数の減少を背景に、ハウスメーカーを中心とした建設現場の生産性向上、建設現場のロボット活用、新築からリノベーション・リフォームへの転換などが語られる中で、今、大工業界の現場はどのようになっているのでしょうか。弊社親会社のクレストホールディングス株式会社 取締役COO&CSOの望田が、木造建築大工である父親と大工仲間の柳沼氏の2名にインタビューを行い、木造建築大工の実状と将来を探ります。

柳沼 克典(写真:左)

木造建築大工歴22年。前職の材木店で監督や配送に従事した後、大工に転身する。株式会社匠技建にて修業を積み独立。東京都多摩地区を中心に様々な住宅建築を手掛けている。

望田 誠(写真:中央)

木造建築大工歴35年。20歳の時に自身の父(望田 竜太の祖父)へ大工の弟子入りし、5年目で独立。東京都多摩地区を中心として、主にアイフルホームカンパニーの住宅建築を経験。難しい納まりの建物も、豊富な知識と技術でお施主様の希望に対応している。

クレストホールディングス株式会社 取締役COO & CSO 望田 竜太(写真:右)

早稲田大学商学部卒業後、株式会社リサ・パートナーズにてPEファンド部門に所属。投資実行・投資先管理業務に携わる。その後、PwCコンサルティングの戦略チームに転じ、BDD、PMI、業務改革、新規事業創出、DX等、様々なテーマを経験し、2020年より取締役COO&CSOとしてクレストホールディングスに参画。

 下記の「大工技能者の育成の検討報告書」における内容をご覧いただいてから対談内容をお読みいただくとより実状の理解が深まるものと思います。

「バブル崩壊以前から新設住宅戸数が減少しており、市場が縮小傾向にあったことから、大工技能者数は1980年以降減少傾向にある。2010年における大工人口は約40万人であり、2005~2010年の5年間で14万人減少している。また、60歳以上の割合は1990年以降増加し、2010年では約11万人で大工全体の28%を占める。」(一般社団法人 木を活かす建築推進協議会「大工技能者の育成の検討報告書」(平成27年 住宅市場整備推進等事業)20頁より引用)

「バブル崩壊(1991年)以前から進行していた市場の縮小、大工技能者の減少・高齢化などから住宅生産の合理化等のため、プレカット加工材の利用が増加し、手刻み加工を必要としない住宅生産へ移行していった。バブル崩壊後、より激しい価格競争にさらされ、加工場、常用大工等を必要としないプレカットを選択し、営業と現場監督によるアウトソーシング型が主流となった。」(一般社団法人 木を活かす建築推進協議会「大工技能者の育成の検討報告書」(平成27年 住宅市場整備推進等事業)23頁より引用)

一般社団法人 木を活かす建築推進協議会「大工技能者の育成の検討報告書」(平成27年 住宅市場整備推進等事業)20頁より 

-それではここから対談が始まりますのでご覧ください。

望田:本日はよろしくお願いします。早速ですが、一般的なイメージとしては棟梁と呼ばれる親方から弟子に技術が伝承されているように思うのですが、実際のところはどのように行われているのでしょうか。

望田(父):それは今も同じです。しかし、親方と弟子の関係や親子の関係だけではなく、大工の養成学校出身の方、ハウスメーカーが育てて現場で活躍されている方と様々です。大工ではないですが、外国の方を育成していることもあるようです。

望田:親子の関係というのは実際の親子ですか。

望田(父):そうです、大工の世界は厳しいので親方と弟子の関係では長く続かない方が多いように感じます。現代の若い方は特に一人前になることより大変なことはしたくないという傾向にあるようですから。その一方で、私の近くではあまり見かけませんが、ハウスメーカーが育てていることが増えてきているようです。

望田:今は若いなり手が少ないというデータはよく見かけますが実際にはどのような状況でしょうか。

望田(父):なり手がいないというのは現場にいても感じています。周りの仕事を任せられる最若手でも35歳といった状況です。それより下の年代もいますが、まだ仕事を割り当てられる段階ではありませんね。

望田:親方と弟子の関係だと1日ずっと一緒にいるのですよね。

望田(父):もちろんそうです。四六時中一緒の空間にいるわけですし、仕事なのでストレスを抱えながらにもなってしまうでしょう。笑い話をしながらというような環境ではありません。

望田:養成学校は昔からあったのでしょうか。

望田(父):ありませんでした。学校という選択肢が出てきたのはここ10年前後でしょう。それまでは大工の息子が大工を継ぐ、またはその頃は弟子入りという道を選ぶ方もいて、大工の就業者数を維持できていました。

望田:弟子入りはどういった形で行われていたのでしょう。

柳沼:親子関係でなければ身近な方の紹介でしょうか。私の場合は大工の前職が材木店に勤務していたのでその時のつてを頼りに大工に転身しました。建築の世界において一人でやっていこうと考えると大工となって独立する道を考えるのが一般的です。将来は独立して自分でやっていきたかったため大工の道を選びました。独立すれば自分の好きなように働き方を選ぶことができるためです。

望田:昔は厳しい環境でもやめる方は少なかったのでしょうか。

望田(父):その頃は他に仕事の選択肢も多くはなく、厳しい環境でもやめるという選択肢がなかったのです。ですから、しっかりついてきてくれる人が多かったです。しかし、現在ではなり手が少ない上に長く続ける人が少ない。大工は一人前になるのに5年は必要だと言われていて、そこまで到達することができれば独立も見えてきます。やる気次第でしっかりと収入を得られる職業ですよ。

柳沼:先程もお話ししましたが、時間を自由に使いやすくなるという点が大工の良さの一つですね。「〇日までに終わらせて」と依頼を受けるとそれに間に合うように自分でスケジュール管理を行い、自分が好きなように進めることができますから。早めに上がってジムに通うというようなこともできてしまうわけです。

望田:独立まで5年程かかるということですが、それより短かったりする方もいたりするのでしょうか。

望田(父):もちろんいます。ただし、短ければいいというものではなく、独立したら自分の判断で進めていかなくてはならないのでここでしっかり経験を積んでおかないと後で自分が困ることになります。

柳沼:私は親方には教わることなく経験を積みました。親方の帯同者や自分の兄弟弟子に色々と聞きながら覚えていきました。

望田:独立する場合はどのように独立していくのでしょうか。

柳沼:親方につく段階で5年経ったら独立することを伝えていました。4年目の時に親戚の子を紹介し独立した後の1年間自分が教えて育て、お礼奉公をすることなく独立しました。

望田:お礼奉公とは何でしょう。

柳沼:独立後も1年程は親方の下に残って奉公を行うことです。1年間それまでより低い報酬であったり他の案件を手掛けた際にもその報酬の何割かを親方に納めたりしていたのですが、大工の世界は厳しいのでそのようなシステムがあるのです。独立を考えている人を教えながら報酬を渡し、5年後にはいなくなってしまう。これは育てた側からするとかなりの損失でしょうからね。今はこのようなシステムは減ってきているかもしれませんが、私が独立する頃にはこのようなシステムがあったのです。

望田(父):ハウスメーカーで育てられた人材は即席で集中的に育て、分業して組み立てるわけですから、自分が手掛けられる範囲が限られてしまう。そうすると別の会社に行くことが難しく、その会社に属し続けることになるでしょうね。同様に学校出身者も一人前になることが難しいかもしれません。

望田:独立したての頃、仕事はどのように請け負ってくるのでしょうか。

柳沼:独立する頃に親方から紹介を受けることもあれば自ら工務店に仕事がないか訪問することもあります。昔は材木店が案件を取ってきてそれを抱え込んでいる大工に依頼をするケースもあったようです。

望田(父):今では材木店が紹介するケースはほとんど見かけないですね。そもそも材木店が姿を消してしまっている。町の商店街のように時代の変化の中でお客様の要望に応えきれなくなったのでしょう。

望田:昔と比べて若手の育て方は変わってきていますか。

望田(父):昔のように厳しく指導することはなくなりました。昔は研ぎもののような手作業が多く自分で道具を作っていたりしましたが、今は初めてすぐに鉋からスタートするということはないでしょう。教育の仕方が変わってきていますよね。

柳沼:業務が年単位で割り当てられていて、最初の1年はずっと同じ仕事、2年目は1年目とは違いますがまた1年間同じ仕事を...と積み重ねていきます。


ここまで大工の厳しい世界、そしてその中で独立して生計を立てていくことの難しさについて伺ってきました。後編では現場でのお話を交えながらさらに内容を掘り下げていきます。


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